無無無庵2

(むさんあん)、思考が無く.躰が無く.心が無く

トキメキ団塊親父のセカンド・ステージ.退職爺のボケ封じ

古銭の価格は判らない

東京圏で、高齢の女性宅を訪問し古銭の買い取り価格を誤魔化したとして逮捕された。「訪問買い取り」とか「貴金属買取」とか、「貴金属の訪問買取」「不用品買取り」と称する詐欺は多いと聞く。されど当地石川県ローカル(らしい)で流れているテレビCMでは、10年ほど前から「あなたの酒をすべて買取」とかが多かった。最近では「あなたの時計をすべて買取」「あなたのバイクをすべて買取」というものまでが加わって来た。「すべて...

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東京圏で、高齢の女性宅を訪問し古銭の買い取り価格を誤魔化したとして逮捕された。「訪問買い取り」とか「貴金属買取」とか、「貴金属の訪問買取」「不用品買取り」と称する詐欺は多いと聞く。
されど当地石川県ローカル(らしい)で流れているテレビCMでは、10年ほど前から「あなたのをすべて買取」とかが多かった。最近では「あなたの時計をすべて買取」「あなたのバイクをすべて買取」というものまでが加わって来た。「すべて」というのが如何にもクサイと思うのだが。更に最近では「何でも すべて買取」ときたもんだ。
俺的には、自宅に来て値踏みしてくれるのは歓迎なのだが、こちらが望む物以外まで値踏みされ、いわゆる「押し買い」されるのだけは御免被る..俺は気が弱いんじゃ。
🤑
テレビ「開運!なんでも鑑定団」を視ていると古銭を持ち込む人が少なくない。
無知な俺としては、奈良時代とかの貨幣ならば兎も角、明治以降のコインなんぞは本来の価格以上の価値があるはずが無いと思うのだが、世の中はそうでもないようだ。
OGP

親父の残した物に古銭が有った。その手にはカラッキシの俺だが、明治の物と推察した。「なんでも鑑定団」に持ち込まれるような収容ケースに入れているのではなく、木の箱にガシャ~であった。鑑定士なんて何処に居るのかも知らないままに、新橋のビルの切手や古銭を扱う店に持ち込んで鑑定をしてもらおうとしたのだが、狭い店内に1人だけしかいない至って不愛想な60歳代風の男性店員がチラ見しただけで曰く「この手のは価値が無いんだよ」と宣い、まとめて五百円也であった。フゥ~ンと帰宅し記憶にあった物をネットで調べたら単品でも1万円であった..判らないけどね..

独身寮・社宅があった頃

今日は4月1日也。しかも月曜日也。世の中の新入社員とか新入生とかの若者達は、ドキドキの晴れ舞台を踏むのだろう。半世紀昔の俺も、ネクタイの結び方なんぞを練習していたような..ウロ覚え也。当時は「東京出身」と称する者は、俺の勤め先では少なかった。集団就職ではないものの、故郷を離れて上京して来た者が大半であった。ちなみに、彼らの子息・子女は「東京出身」を名乗っているが、元を辿れば田舎者の成れの果てである....

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今日は4月1日也。しかも月曜日也。
世の中の新入社員とか新入生とかの若者達は、ドキドキの晴れ舞台を踏むのだろう。
半世紀昔の俺も、ネクタイの結び方なんぞを練習していたような..ウロ覚え也。

当時は「東京出身」と称する者は、俺の勤め先では少なかった。集団就職ではないものの、故郷を離れて上京して来た者が大半であった。ちなみに、彼らの子息・子女は「東京出身」を名乗っているが、元を辿れば田舎者の成れの果てである..それは兎も角。
昔、上京して就職する際には独身寮がある企業である事が望まれた。いわゆる「東京出身」でも山手線内とかの交通便利な場所に住む者でなければ独身寮を希望する者がいた。千葉・埼玉・神奈川なんて所の者は概ね独身寮に入りたがった。ということで、独身寮が無い企業は、務め先近くに契約アパートを持っていた。
先を読む者では、結婚する場合に備え、社宅がある企業である事を望んでいた。
社宅での居住には期間を定めた企業が多かったように覚える。すなわち、10年以内には自宅を持って、社宅を明け渡すという条件付きである。入居する際には納得する条件であるが、挫折する者が少なくなかったようだ。なんせ、わずかな使用料でソコソコの文化住宅に住めるのだ。知る人の中には、退職するまで住んだ者も少なくない。

今どきでは独身寮や社宅は有るのだろうか。少なくとも、国家公務員とか全国に転勤を行う企業では有るようだ。しかし、「江戸時代の長屋」的な風土に住む事を嫌って、自前でマンション住まいを望む者が少なくないと聞く。金持ちが増えたと見るべきか。
一方、数時間の電車通勤をしてでも親の持ち家から通う者もいるらしい。乳離れしないとも見えるが、それを喜ぶ親も少なくないようだ。

昔、故郷では仕事が無く上京した者達が、その故郷に戻っている..良いのだろうか。
頭を挙げて山月を望み、頭を低れて故郷を思う - 李白

ふるさと歌詞)五木ひろし 作詞:山口洋子 作曲:平尾昌晃

味噌汁の話

我が家では味噌汁の具材は1種類である。「ダイコンの味噌汁」と言えばダイコンが、「ホウレンソウの味噌汁」と言えばホウレンソウが入るだけで、味出しを兼ねて油揚げや豆腐とかを入れる程度である。仕事人時代に友人宅で食事を馳走されたことがある。その時の味噌汁は印象的だった。ケンチン汁では..と思う程に具沢山なのだ。奥方は俺と同じ秋田出身であるため尋ねたところ、「山梨出身の夫と所帯をもって以来」の事なのだそう...

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我が家では味噌汁の具材は1種類である。
「ダイコンの味噌汁」と言えばダイコンが、「ホウレンソウの味噌汁」と言えばホウレンソウが入るだけで、味出しを兼ねて油揚げや豆腐とかを入れる程度である。

仕事人時代に友人宅で食事を馳走されたことがある。
その時の味噌汁は印象的だった。ケンチン汁では..と思う程に具沢山なのだ。
奥方は俺と同じ秋田出身であるため尋ねたところ、「山梨出身の夫と所帯をもって以来」の事なのだそうだ。

それから十数年が経ってから、出張との名目で全国をうろついた。宿や食堂の味噌汁でも色々とあるようだ。山梨や長野では大概は具沢山であった。おかずが無くとも、味噌汁だけで御飯が食べられるほどである。とある旅館で尋ねたところ、木賃宿の昔には 味噌汁 + 漬物であったそうだ。また、おかずを減らすことで、米の食べる量を減らす工夫であったとも。
反面、具材なんぞは探さなければ無いような汁も有る。曰く「吸い物」なのだろうか。あれはあれで悪くは無いが、俺の好みとしては少し寂しい。
好みを問われると考えてしまう。しかし、上京して間もない頃は、新宿駅そばのションベン横丁にあった 鯨勝 + ダイコンの味噌汁を出す食堂が好きだった。思うには、味噌の味が合ってたのだろう。行けば、ドンブリで鱈腹が常であった。

どんな中身でも味噌汁的な..所謂「椀」は和食の優れたメニューであろう。西洋料理で言えば、スープとかワインが代わる物なのだろうか..と思いつつ、一献の味噌汁。どんなに名の売れた料理人が作っても、味噌汁はオフクロの味になるのではないかな、皆の衆。
味噌汁

夢で逢いましょう💫

「夢を見る」とひと口に言っても色々あるが、寝ている最中に見る「夢」の事。「夢」はその時々の精神状態を表すといった話も聞く。また、「夢占い」とかで、深層心理を読み取れるとかの話も聞く。俺的にはサッパリ判らないが..「夢」を難しく考えてはいない..とは言うものの、どうせ見る「夢」なら楽しいのにしたいものだ。若かった頃に見た「夢」には人が出ることは無かった。そもそも働き盛りと呼ぶ年代には「夢」を見たとい...

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「夢を見る」とひと口に言っても色々あるが、寝ている最中に見る「夢」の事。
「夢」はその時々の精神状態を表すといった話も聞く。また、「夢占い」とかで、深層心理を読み取れるとかの話も聞く。俺的にはサッパリ判らないが..「夢」を難しく考えてはいない..とは言うものの、どうせ見る「夢」なら楽しいのにしたいものだ。

若かった頃に見た「夢」には人が出ることは無かった。そもそも働き盛りと呼ぶ年代には「夢」を見たという覚えが無い。単純に見なかったのか、見たけれども覚えていなかった、etc.。それ以前の青年時代より前の事の覚えは、俺の記憶能力の範疇外だ。
しかし、ここ1年ほどに見る「夢」には人が出るようになった。
初めて「人がいる」夢を見た事を覚えている朝の目覚めはキョトンとしていた。また、出演した人は知らない人だったように思う。だが、最近は名前を思い出せるような人の夢を見るようになった。何故その場面にその人が居るのかと考えるような景色なのだが、兎に角「アァあの人だ」と判る風体なのである。そんな夢を見慣れてきた最近では、忘れたような人が出演する。待っていれば、彼の世の父母も出演するのでは..と思うのだが、なぜか父母は未だ出演してくれない。
退職して間もない頃に目から出血した際には写真の顔も識別が困難になった。また、目をつぶっても瞼に浮かべる事もできなかった。白い天井を仰いでも想い出せない自分を情けなく思いながら、父母の顔を忘れたままで死ぬのかも知れないとも..
しかし、そんな極端な視覚不自由な状態は半年と経たずに修復され、パソコン程度は触れるようになった。当時は我が身を嘆いて自動車免許証の自主返納をしたが、今になって考えれば早まったのかも知れない。一時は失明を覚悟したが、不自由な視覚でも慣れれば、それはそれなりにと言うことだ。
俺の「夢」には未出演の父母だが、いずれ出演してくれるかな。
それとも、俺が逢いに行くほうが早いのかな
イラスト

地震のアラームは嫌だ

豪放磊落なんて格好良い者ではないが、俺は多少の事では動じないと思っていた。実際にそれまではそうであったが、2011.3.11の大地震の際にテレビやケイタイから鳴り響くアラームを経験してからは、からっきし意気地のない爺に成り下がった。初回のあたりは大した動揺感は無かったのだが、頻繁にしかも執拗に鳴動するアラームがすっかりトラウマになってしまった。あの音を聞くと心臓がドキドキするようになってしまった。時系列を...

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豪放磊落なんて格好良い者ではないが、俺は多少の事では動じないと思っていた。
実際にそれまではそうであったが、2011.3.11の大地震の際にテレビやケイタイから鳴り響くアラームを経験してからは、からっきし意気地のない爺に成り下がった。
初回のあたりは大した動揺感は無かったのだが、頻繁にしかも執拗に鳴動するアラームがすっかりトラウマになってしまった。あの音を聞くと心臓がドキドキするようになってしまった。時系列を考えると、単に地震のアラームが犯人とばかりは言えず、単純に心臓が弱ったのかも知れないとい思う。

しかし、因果関係の追求は止めるが、少なくとも、当時は地震の少なかった当地野々市市に転居してからは、地震は無い状態でアラームも鳴らなくなった。伴って、心臓のドキドキを感じる事は無くなった。しかし、今年の01.01の能登半島地震で実に久しぶりに聞いたアラームに反応して心臓がドキドキしたので、トラウマが治っていないことを思いだした。最近は千葉沖の地震が増えた。都会の電車でのアラームは賑やかだろう。


あのアラームは緊急地震速報とやらで、「地震が来ることを、地震の前に知らせる」のが目的らしいが、なかなか目的を達成しているとは思われない。
それにも関わらず、驚かせることだけは凄いと思う..止めてくれ🐵
最近では緊急地震速報以外にも酷似した音がテレビ等から流れるようになった。民衆の注意を曳くために、意図的に耳障りな音を使っているに違いないと思っているが...止めてくれ~心臓に悪い。
イラスト

暇な人間たち

戦争だの新種感染症だのと暗い話題ばかりの世の中である。更には予期しない自然災害が起こる。10年ほど前の3.11大地震ですら復旧していないのに、何を目論んでいるのか判らない岸田総理は、終わりの見えないウクライナ紛争の復旧に支援するとのことだ。日本の参加企業は朝鮮景気のような儲けを期待しているのかも知れないが、それ以前に戦争の終結を図るべきであろう。「ウクライナ支援は未来への投資」岸田首相、長期支援を約束:...

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戦争だの新種感染症だのと暗い話題ばかりの世の中である。
更には予期しない自然災害が起こる。10年ほど前の3.11大地震ですら復旧していないのに、何を目論んでいるのか判らない岸田総理は、終わりの見えないウクライナ紛争の復旧に支援するとのことだ。日本の参加企業は朝鮮景気のような儲けを期待しているのかも知れないが、それ以前に戦争の終結を図るべきであろう。

「ウクライナ支援は未来への投資」岸田首相、長期支援を約束:朝日新聞デジタル(24/02/19)
政府は19日午前、日本の官民によるウクライナ支援を話し合う「日ウクライナ経済復興推進会議」を東京都内で開いた。ロシアによる侵攻が続くなか、初期の緊急復旧から経済復興まで日本がウクライナを継続的に支援することを盛り込んだ共同声明を出した。
 
OGP

此の世に産んでくれた父母には叱られそうだが、最近は生きる事に疲れた。
と言っても、別に死にたい訳では無い。そもそも、自死する根性は無い。

人間の多くは暇なんだろう..と思う。
生きることに忙しかったなら、それだけで手いっぱいなのだろう。
しかし、趣味がどうしたとかで時間潰しをして、それを生き甲斐とするような生き方では、何のために生きるるのか..と尋ねてみたい..なんて偉そうに言えるような生き方を俺はしていない。同様に、懸命に仕事をしているからとて素晴らしい生き方でもないだろう。生物としての人間は、子孫繁栄を願って子造りに励むのが路なのだろう、しかし、子造りできる期間以外が、特に老後とやらが長過ぎるのが暇の暇たる由縁だ。

両親ともに90歳を超えて旅立った俺の家系は長寿なのかも知れない。
これから先、まだ20年も生きるのかと思えば..さて、何をして過ごそうか。

殊更に暇持て余すこの頃は三途の河原で小石積み上げ

関連記事:苦しまずに死にたい / 美しい「死」とは / 最近思うんだよ / 人生60年サイクル / 生への執着心は / 輪廻する関心事 / 尊厳死 vs 自殺

今更、手洗いを思案

雨水になったと気を抜いていたら、まだまだ寒い。とは言っても、雨水の頃はこんなものだろう。中途半端な時期に突然温かくなっことで、人体が勘違いしただけのことだ。とは言っても、昨日は日付が変わった頃から降り出した大粒の雨がズ~と降り続け、更に日付が変わっても降り続けた。天気予報では今朝程からは曇りになるとの事だが未だ止む気配は無い。尤も、昼食頃にはミゾレ印だからこんなものなのだろうか。感染症予防の三種の...

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雨水になったと気を抜いていたら、まだまだ寒い。とは言っても、雨水の頃はこんなものだろう。中途半端な時期に突然温かくなっことで、人体が勘違いしただけのことだ。
とは言っても、昨日は日付が変わった頃から降り出した大粒の雨がズ~と降り続け、更に日付が変わっても降り続けた。天気予報では今朝程からは曇りになるとの事だが未だ止む気配は無い。尤も、昼食頃にはミゾレ印だからこんなものなのだろうか。
感染症予防の三種の神器は、マスク手洗いうがい
マスク着用の義務化をして欲しいものだが、現政権はそれどころではないらしい。

COVID-19ワクチンの接種を拒んでいる我が家としては三種の神器で防備している。
他に「アルコール消毒教」に被れている。外出時には小型のアルコール容器と消毒用テッシュを持ち歩く。玄関には来客用のアルコール消毒器を置き、消毒を強制する。

そんな俺だが、最近になって「アレ~」ってことが..
スーパーマーケットなんぞで並んでいる「ビニール袋に入った菓子パン」をどうしよう。今更ながら、棚に並んだ菓子パンを幼児たちが触りまくっては戻しているのを目撃してしまった😣。親は勿論だろうが、当人は自分がCOVID-19だなんて思ってもいるまい。しかし、COVID-19ばかりか、インフルエンザまで持っているかも..である。

俺は此れ迄、袋から引っ張り出して菓子パンを食べるようにしていた。その方が手が汚れないと思っていたらだ。特に、カレーパンなんぞは、袋から出す事はしなかった。
しかし考えてみれば、袋はマーケット内で子供たちの直触りの洗礼を受けているのだ。袋からパンを食べるいうことは、子供の手を舐めているようなものである。
とは言うものの、ビニール袋をアルコール消毒は珍奇だし、袋に触る都度に手洗いするのは現実的ではないだろうし..てな事を考えながら、これまでと同じく袋からパンを食べている。

新型コロナ 子どもの急性脳症 重症になりやすいタイプ1割以上 | NHK(24/02/10)
新型コロナウイルスに感染した子どもがまれに発症する急性脳症について、国の研究班が調査したところ、インフルエンザなど従来のウイルスではほとんどみられなかった重症になりやすいタイプの患者が10%以上いたことが分かりました。重症になりやすいタイプの患者14人のうち11人は死亡していたということです。
 
#COVID-19

父の「ヒザ痛い」悩み

俺が結婚した後のことだから、親父は70歳くらいの頃だっただろうか。「膝の痛みに利く方法がないだろうか」とのことであった。当時の俺にとっては、老齢化に伴う身体の衰えがあるなんて知りもしなかった。「膝の痛み」と言うからには..ということで、湿布薬とか、サポータを用意した。しかし今になって、当時の親父の年代を上回ってみると、親父の「ヒザ痛い」悩みを解決するためには方法が違っていたことを痛感する。きっと、ヒ...

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俺が結婚した後のことだから、親父は70歳くらいの頃だっただろうか。
「膝の痛みに利く方法がないだろうか」とのことであった。
当時の俺にとっては、老齢化に伴う身体の衰えがあるなんて知りもしなかった。
「膝の痛み」と言うからには..ということで、湿布薬とか、サポータを用意した。しかし今になって、当時の親父の年代を上回ってみると、親父の「ヒザ痛い」悩みを解決するためには方法が違っていたことを痛感する。きっと、ヒザの軟骨を増やすようなサプリメントが良かったのだ。
とは言うものの、半世紀ほど昔にそんなサプリメントが有ったのだろうか。いや、有ったとしても俺は知るための努力をしなかっただろう。結局のところは、老齢化とは何ぞや..ということを知らなかったバカな男が今頃になって反省しているということだ。
俺も最近になって、膝だの目だのといったサプリメントを飲み始めた。しかし、親父を思えば飲んじゃイカンのかも知れない。
結局のところ親父は。生まれ故郷の温泉に通えるうちは湯治に行っていた。
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終の棲家、その後

白山は、石川県と岐阜県に跨る標高2,702mの活火山である。小松左京氏のSF小説「日本沈没」で、日本列島が太平洋に没した後にも、山頂が残ったとされている。そんな事も相まって、終の棲家として当地野々市市を選んだ。日本沈没での出来事は半分眉唾としても、現実的に考えれば能登半島に多い高齢者向けの介護施設に曳かれた。15年ほど前は全国各地に団塊の世代を目当てにした介護施設が設立ラッシュであった。そんな中でも能登半島...

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白山は、石川県と岐阜県に跨る標高2,702mの活火山である。
小松左京氏のSF小説「日本沈没」で、日本列島が太平洋に没した後にも、山頂が残ったとされている。そんな事も相まって、終の棲家として当地野々市市を選んだ。日本沈没での出来事は半分眉唾としても、現実的に考えれば能登半島に多い高齢者向けの介護施設に曳かれた。15年ほど前は全国各地に団塊の世代を目当てにした介護施設が設立ラッシュであった。そんな中でも能登半島のそれは魅力を感じていた。
当時は能登半島の突端の珠洲市の下に流動体とかの訳の判らない地震の巣窟が隠れてることは知らなかった。というよりも、地震は多発していたが、俺が知らなかった。
そんな訳で、老後の看取りを含めて、野々市市内の介護施設に入居できなかった場合は能登半島の何れかを物色すれば良かろうという安易な老後設計であった。
しかし、「1.1大地震」の発生で、そんな老後設計は消し飛んでしまった。
今では、金沢市のベットタウンである野々市市は能登半島からの避難者を見かけるようになった。彼らは故郷の能登半島に戻るのだろうか。俺の老後はどうしたものだろう。
イラスト

過去記事:日本の人口減少を思う / 野々市市も避難受け入れ / 能登半島の高齢者施設.思 / 地震の多い能登地方 / 能登地方での地震.学  / 能登地方で震度6弱 / 09/16能登地方で震度5弱

ビールのコップに思う

その昔、秋田で暮らしていた高校生時代までは、ビールのコップはアレしか無かった。そう、ビールと言えばビンに入れて売られていた時代に付録されていたコップである。親父は当時、自宅で酒を飲む習慣が無かったから我が家は酒屋との付き合いは薄かった。それでも、たまの来客用とか正月用に酒を届けさせることがあり、酒屋もこの時とばかりに「ビールのコップ」を配っていった。親族でも似たような家庭環境だったらしく、ジュース...

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その昔、秋田で暮らしていた高校生時代までは、ビールのコップはアレしか無かった。
そう、ビールと言えばビンに入れて売られていた時代に付録されていたコップである。
イラスト
親父は当時、自宅で酒を飲む習慣が無かったから我が家は酒屋との付き合いは薄かった。それでも、たまの来客用とか正月用に酒を届けさせることがあり、酒屋もこの時とばかりに「ビールのコップ」を配っていった。親族でも似たような家庭環境だったらしく、ジュースであろうと構わずに、飲み物は「ビールのコップ」を使っていた。そんなことから、物心つくまでは、飲み物と言えば「ビールのコップ」を使う物だと思って育った。そんな俺が色気づいた頃に他所の家庭で出された飲み物の入れ物として「ビールのコップ」以外を見た時は何だこりゃである。

上京してからは、飲み屋とか、他家で出されるビールなんぞが「酒屋付録のビールのコップ」で出されることは少なかった。粗雑者の俺としては、あんな小洒落た小さなコップに注がれるビールはひと口で飲み干すので好みではなかった。
間もなく、屋上のビヤホールが流行り、使われるビヤジョッキは大好きになった。その頃から、屋上以外のビヤホールにも出入りする機会が増え、「ビールのコップ」にも酒屋付録の物以外に満ち溢れている事を知った次第である。

ビールのCMでは色々な形のコップが使われている。見た目としては北欧の物が洒落ているようだ。しかし、その道の通に言わせれば、見た目よりも「泡の出方」「冷めたく飲める時間」とかが違うのだとか、当然、味も番うのだろう。
退職が近づくかなり以前から、家飲みにしろ外飲みにしろ、ビールは殆ど飲まなくなった。最近では専ら缶入り第三のビールである。女将が趣味で集めたビール・ウイスキー・日本酒の器が食器棚の中で出番を失ってしまった。同じく出番を失った色々な食器の類たち。それらは。我々夫婦の亡き後にはどうするのだろうか。

アサヒスーパードライ|生ジョッキ缶・生ジョッキ缶大生|アサヒビール
生ジョッキ缶・生ジョッキ缶大生。ここではリニューアルした生ジョッキ缶と大ジョッキ缶大生をおいしく楽しく飲むためのコンテンツをご紹介します。