無無無庵2

(むさんあん) - 思考が無く - 躰が無く - 心が無く

トキメキ団塊親父のセカンド・ステージ - 退職爺のボケ封じ

『全然』知らなかった

『全然』知らなかった

「「全然+否定文」と思うのは、研究者の間では”迷信”だそうです。(苦笑) - 団塊世代おじさんの日常生活」を拝読した。『全然』という言葉に続く内容は「否定文」と考えていたが、日経新聞の記事によれば「否定文」だけでは無く「肯定文」の場合もある。....という事に触れ、「私の頭が古いということでしょうね!(笑)」 とまとめられている。おいらも『全然』という単語の用法に関しては、上記ブログの執筆者同様の理解...

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「全然+否定文」と思うのは、研究者の間では”迷信”だそうです。(苦笑) - 団塊世代おじさんの日常生活」を拝読した。
『全然』という言葉に続く内容は「否定文」と考えていたが、日経新聞の記事によれば「否定文」だけでは無く「肯定文」の場合もある。....という事に触れ、「私の頭が古いということでしょうね!(笑)」 とまとめられている。

おいらも『全然』という単語の用法に関しては、上記ブログの執筆者同様の理解をしていたので、調べてみた。
WikiPedia:『全然』の解説では、日経新聞の記事と一部異なっている様だ。
「全然+否定文」とした用法が基本である。 しかし、主に明治時代の一部の文学作品等では この用法以外の使い方(全然+肯定文) をしている物もあるが、著名辞典では紹介されていない。 
また、「全然⇒強調」の用い方は誤りである(ex.[誤] 全然眠い⇒[正] 非常に眠い) 。 とのことだ。
WikiPediaの解説が正しいか(?) は知らないが、『全然』という言葉づかいについて認識を改めた次第である。

孫との接し方

孫との接し方

「私にあれこれ言う資格がないと言うことぐらい自覚しています。 - 団塊世代おじさんの日常生活」ブログを拝読した。 その記事にコメントさせていただいたのだが、同コメントを このブログでも再掲する。==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==子供がおらず、当然のことながら孫はいない小生ですが、アドバイザーの女性及び貴兄の意見に賛成票を...

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私にあれこれ言う資格がないと言うことぐらい自覚しています。 - 団塊世代おじさんの日常生活」ブログを拝読した。 その記事にコメントさせていただいたのだが、同コメントを このブログでも再掲する。
==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==・==
子供がおらず、当然のことながら孫はいない小生ですが、アドバイザーの女性及び貴兄の意見に賛成票を1票です。

子供を育てる事は親の責任です。 どの様な子供にするか(?)、自分が育てた結果の子供がどの様な大人になるか(?)の全ては親の責任です。
爺婆にとって孫が可愛いのは、「自分達が親では無い」したがって「孫に対しては無責任な立場」にあり、ただ可愛がれば良いだけだからでしょう。

自分の子供達が行う子(孫)育て方針が家風に合わないことが有っても、それは孫が生まれる以前に行った自分達の子供・嫁に対する教育の結果です。
増してや、暇だからといって孫の面倒を見ようなどとは おこがましいことです。
小生は父が40歳過ぎの子供ですが、中学生時代に「鶴亀算」を教えられて学校で恥ずかしい思いをしました。
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なお、上記ブログでコメント返しをいただき、「鶴亀算は小学生」との御指摘を頂戴したが、以下のような内容で中学時代の事である。
 特にこだわる事では無いが 
WikiPedia:中学数学における鶴亀算より引用
鶴亀算は、中学校の数学における連立方程式の初歩的な問題にあたる。

故郷の言葉『かてもの』

故郷の言葉『かてもの』

過日のNHK「歴史秘話ヒストリア」だったかしらん(?) で、上杉鷹山を見た。上杉鷹山は、米沢藩再生のきっかけを作った江戸時代の名君で、「生せは生る 成さねは生らぬ 何事も 生らぬは人の 生さぬ生けり」の歌を残している。 その名君が藩再生を行う際の手引書が『かてもの』という物だったことを聞き、懐かしい故郷の言葉を思い出した。御飯のオカズ(副食) を何にするか(?) は、迷うところだろう。結婚した頃には東京市江原区に住...

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過日のNHK「歴史秘話ヒストリア」だったかしらん(?) で、上杉鷹山を見た。
上杉鷹山は、米沢藩再生のきっかけを作った江戸時代の名君で、「生せは生る 成さねは生らぬ 何事も 生らぬは人の 生さぬ生けり」の歌を残している。 
その名君が藩再生を行う際の手引書が『かてもの』という物だったことを聞き、懐かしい故郷の言葉を思い出した。

御飯のオカズ(副食) を何にするか(?) は、迷うところだろう。
結婚した頃には東京市江原区に住んだお袋だが、太平洋戦争後は故郷の秋田県に戻り すっかり秋田弁になったお袋がぼやく言葉は、『キョウノかてものハ、ナンニスベカ』だった。
WikiPedia:かてものによれば
  • 糅物…主食である穀物とともに炊き合わせを行う食物。転じて、飢饉などで食糧不足に陥った際に主食を節約するための代用食となる食物(救荒作物)のこと。「糧物」とも。
  • 江戸時代に米沢藩重臣・莅戸善政(大華)が著した飢饉救済の手引書。

お袋が(秋田県で) 言う『かてもの』が『糅物』と同意語とは考えにくいのだが、懐かしい響きの言葉を思い出せた。