無無無庵2

(むさんあん) - 思考が無く - 躰が無く - 心が無く

トキメキ団塊親父のセカンド・ステージ - 退職爺のボケ封じ

清浄されたの?家庭生活

清浄されたの?家庭生活

先日、空気清浄機を買い替えた。これまでも、「加湿機能付き」の物や、1日中つけっぱなしにしている都合から省電力を目論んで“イオニックターボ”やらと色々使ってみていたが、新しく買った“PM2.5対応”の物は大変高機能であるという感想だ。2015/10/16に間質性肺炎の宣告を受けて、中学時代から楽しんできた煙草を止めた。禁煙にあたっては殊更の事も無く、以降禁煙が続いているが、「禁酒する事があっても、禁煙するハメになる」と...

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先日、空気清浄機を買い替えた。
これまでも、「加湿機能付き」の物や、1日中つけっぱなしにしている都合から省電力を目論んで“イオニックターボ”やらと色々使ってみていたが、新しく買った“PM2.5対応”の物は大変高機能であるという感想だ。
2015/10/16に間質性肺炎の宣告を受けて、中学時代から楽しんできた煙草を止めた。
禁煙にあたっては殊更の事も無く、以降禁煙が続いているが、「禁酒する事があっても、禁煙するハメになる」とは夢にも思わなかった。 たまには吸いたくなるが我慢の子である。
「煙草がだめ」ならばということで、「電子タバコならばどうなんだろう」と愛煙家はワラにも縋ろうとするのだが、電子タバコOKとの能書きを発見するに至らず、致し方なく我慢の子である。

そんな未練たらしい俺を尻目に、愛煙家の女将は(俺が禁煙生活に入った直後はさすがに遠慮して蛍族状態だったが)自室でガンガンと喫煙を楽しんでいる。 リビングルームに接している女将の部屋には空気清浄機があるが、以前の物では“仕切り扉の開閉”でリビングにまでタバコ臭が漂ってきた。 しかし、新しい物はタバコ臭がしない。
喫煙する女将も「今度の空気清浄機は、タバコ臭がすぐ消えるからつまらない」とのことだ。

女将のそんな感想ナゾはバッキャローの世界だが、懐かしい臭いがすぐに消えるのは確かに淋しくもある

 以前は。タバコを吸いながら酒を楽しんでいた我が家の夕食は、今ではあっけなく終わってしまう。
禁煙・禁酒の御宅は多いハズだから、夕食を長引かせるワザを知りたいものだ。
食事が済んでしまうと喫煙に自室に入ってしまう女将とでは、会話の時間が減ってしまったね~

空気清浄機は“燃えないゴミ”として処分できるのだが、面倒なのでまとめて有料処分してもらった。


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過去記事:ゴミ処分 / 空気清浄器:学 / 空気清浄機の買い替え



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処分した中で“加湿機能の付いた物”は、「浮遊物質が増えると、それを感知して自動的に風量が増加する」という機能があったが、加湿機能を発揮する為に用いるフィルターに水道水のカルキが付着して清掃が大変であった。
いや、大変と言うよりも、清掃しきれなかったので要加湿期間が終わる都度にフィルターを買い替えていた。
そんなことから、加湿機はそれ専用の物を使うこととして、新しく「自動風量増加機能が無いが、PM2.5対応」の物を買ってみたがとても強力であった。ので、古い物をすべて断捨離して、追加して買い替えたという次第也。



本当は怖い日本人の考え

本当は怖い日本人の考え

政府 北朝鮮のミサイル破壊措置命令 期限を延長 | NHKニュース『北朝鮮がミサイルを打った』ということを、『韓国の軍部が発表した』ということで、『韓国でニュース発表』されたとして『日本のマスコミが報道』する。 一方で、『日本の誰が掴んだ情報』なのかは知らないが、官房長官が『関係諸国と連絡を取り合っている』と脳給う。そりゃ~、特定秘密だから明確な事を言えない事情はわかるけどね...日本国民は、ミサイルの感...

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政府 北朝鮮のミサイル破壊措置命令 期限を延長 | NHKニュース
『北朝鮮がミサイルを打った』ということを、『韓国の軍部が発表した』ということで、『韓国でニュース発表』されたとして『日本のマスコミが報道』する。 一方で、『日本の誰が掴んだ情報』なのかは知らないが、官房長官が『関係諸国と連絡を取り合っている』と脳給う。そりゃ~、特定秘密だから明確な事を言えない事情はわかるけどね...
日本国民は、ミサイルの感知は“自衛隊の仕事”と思い込んでいる。地震の予測は気象庁と、原発の事故も○○がやっている仕事であると思い込んでいる。そして、国民に知らせてもらえると思い込んでいる。
そして、裏切られることには慣れっこになっている。陰で文句は言うが、誰も正そうとはしない。
そして、『緊急事態が生じた場合は、J-ALERTで国民に知らせる』とのことだ。

J-ALERT(全国瞬時警報システム)で知らせていただくまではわかったが、知らせていただいたところでどうするの。
バカのように攻める事しか念頭にない日本の戦争したがり屋達は、攻められる事を考えていない。すなわち。J-ALERTでミサイルが飛んでくる事を知らされたところで、国民としては如何ともしがたい。 防空壕すら無いのだから。
Jアラートとは? 「全国瞬時警報システム」はいつ使われるのか【北朝鮮ミサイル発射】
北朝鮮から発射されたミサイルは「どの程度の時間で日本に到達するのか?。想定される被害は?。基本的な避難行動は?。etc.」といった基本的な事は何一つ知らされていない中で、アメリカが守ってくれるという神話だけはある。

熊本地震も先が見えない中で、今日ゴールデンウィークが始まった。
先の見えない恐怖を知ってか知らずか、日本国民は無邪気に明日が有る事を信じて疑わない宗教に溺れている。
追いつめられた金正恩が核スイッチを押す可能性。標的は日本しかありえない?|Infoseekニュース
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タカを括っていた政府、民進党の嘘ツイート・・・熊本地震に見た政治家たちのお粗末さ|Infoseekニュース
まあ、日本の政治家は、何が起ころうとも我が身の心配しかしないから、問題ないということか。
J-ALERT(全国瞬時警報システム) 実際の放送例

カメラ好きが増えた

カメラ好きが増えた

明日からは、妻子にとっては待ちに待った(?)、夫にとっては地獄のゴールデンウィークになる。もっとも、最近の若い父親族にとっては、良いリフレッシュになるのかも知れない。各地の観光地では、繰り出してきた家族連れでいっぱいになるのだろう。最近は、カメラ付き携帯で撮影しまくりの人が多い。観光の目的物(景色など)にしろ、同行した人物にしろ、現物を見ないでカメラを撮る人が増えた。自分の目で物を見ることをしないで、...

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明日からは、妻子にとっては待ちに待った(?)、夫にとっては地獄のゴールデンウィークになる。
もっとも、最近の若い父親族にとっては、良いリフレッシュになるのかも知れない。
各地の観光地では、繰り出してきた家族連れでいっぱいになるのだろう。

最近は、カメラ付き携帯で撮影しまくりの人が多い。
観光の目的物(景色など)にしろ、同行した人物にしろ、現物を見ないでカメラを撮る人が増えた。
自分の目で物を見ることをしないで、とにかくカメラを向けたがる。
運動会では、声援を送るよりもカメラ撮りに励む家族が多い。夫と妻で、一人の子供を撮らんでも良いだろう。
後日になっても、映したものは理解しても、写真に写っていないものは、そこに有ったことですら知らないのでは?

昔は“写真を撮る”という行為はカメラオタクの親父ばかりだったのが、カメラ付き携帯が普及したため女性の撮影者が著しく増えた。 その為、ただひたすらに我武者羅に写真を撮るという行為に没頭する者ばかりで、カメラオタクは出しゃばる隙が無くなった。
安いデジカメを買い、フィルム代も、焼き増し代も気にすること無く、腕前の下手さ加減も気にせず、見る側の顰蹙なんぞはどこ吹く風でブログに乗せてしまえば、女性の撮影会は御仕舞ということになる。
男女を問わずに増え続けるカメラ好き達は、闇雲に撮りまくるのを少しは休んで、レンズを通さない景色を楽しむほうがよろしいと思うのだが。 やはり、思い出は記憶なり。 目に焼き付けられない事は、忘れ去るも道なり。


レンズを通じて社会を見ることに慣れた現代人は、テレビ画面に映し出されるもののほうが、リアルな景色よりも真実味があるのだろうか。 隣り合わせにいても口をきかず、メールをやり取りする夫婦像なんてものがあったっけ。

テレビ放送が手を抜き、一般人の投稿写真で番組を作ってしまう現代。 一発当てた写真を撮れば大儲けできるかもしれないと思えば、腕に自信の無い者でもカメラにはしるのだろうか。

人生60年サイクル

人生60年サイクル

還暦とはよく考えられた言葉だ。  廻る暦。 終わりの無い暦。WikiPedia:還暦より抜粋引用還暦(かんれき)は、干支(十干十二支)が一巡し、起算点となった年の干支に戻ること。通常は人間の年齢について言い、数え年61歳(生まれ年に60を加えた年)を指す。本卦還り(ほんけがえり)ともいう。また、30周年を半還暦(はんかんれき)、120周年を大還暦(だいかんれき)という。要するに、人間を60年も続ければもう一度生まれ変...

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還暦とはよく考えられた言葉だ。  廻る暦。 終わりの無い暦。
WikiPedia:還暦より抜粋引用
還暦
(かんれき)は、干支(十干十二支)が一巡し、起算点となった年の干支に戻ること。通常は人間の年齢について言い、数え年61歳(生まれ年に60を加えた年)を指す。本卦還り(ほんけがえり)ともいう。
また、30周年を半還暦(はんかんれき)、120周年を大還暦(だいかんれき)という。
要するに、人間を60年も続ければもう一度生まれ変わったかのごとくに成るということだろうか。

生まれ変わったか(?)は知らないが、人生を60年も続けていると大概の事は経験済みである。
最近のテレビでクイズ番組が増えてきているが、出題者の若造にしてみれば新しい知識なのかもしれないが、還暦爺にしてみれば「そんな事がクイズになるのか?!」という程度の内容だ。

雑誌の類は、30年前に受けた記事を復刻して記事にすれば、再評価されて受けるとの事だ。
30年前の記事であれば、新しく目にする者が大半であるということなのだろう。オギャーと生まれても30歳也。
雑誌に限らず、テレビやラジオの報道も「昔聞いた」ことを繰り返されることが多くなってきた。

これを「物知り」ととるか、「人間が長い」ととるか、は微妙なことだろう。
居酒屋などで年寄りが蘊蓄を語る景色を見かけたが、その程度の事は長い人生を送ってくれば知っていて当然だ。
とは言うものの、「知らない事は何度生き返っても知らない」のだろう。政治的な秘密や、医学で殺人ができる事などは、凡人が知るべき範疇ではないということだろう。

俺が成人式の年頃には還暦まで生きれば長生きの人だったろう。 そして、その人達は慎み深く、尊敬される生き方をしていたのだろう。 それなりの尊敬を受けて、長寿を真っ当していたようだった。

最近では還暦を向かえないで“河を渡る”人は少ない。 目的も無いままに、健康を気遣って長生きに努めている人が多い。 俺なんぞは自死する勇気も無いままに、無駄な日々を送っている。 それでも“自尊心だけは一人前で、尊敬してくれない世間を恨みながら悪態をついているような爺”ほどではないだろうと自負している。

還暦という言葉が生まれた頃に思いを馳せて、一巡することができた人生を省みて、新しい余生の過ごし方を考え直そう。 必ず来る“死”に怯えて、打ちひしがれているのは無駄な生き方だ。 充分に生きたこれ迄の恩返しを。

送料無料の通販って??

送料無料の通販って??

「テレビの通信販売」などでは、購入する商品価格が千円程度であっても「送料無料」としての販売が多い。一方、「楽天市場」などでは、金額によって無料の場合と有料の場合がある。この差異は、どのようにして起こるのだろうか?各販売会社が損得勘定した結果....と言われればグーの音も出ない。しかし、「楽天市場」のように、一定金額以上の場合は送料を販売会社で持つケースはなるほどとも思う。それに引き換え、「通信販売...

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「テレビの通信販売」などでは、購入する商品価格が千円程度であっても「送料無料」としての販売が多い。
一方、「楽天市場」などでは、金額によって無料の場合と有料の場合がある。

この差異は、どのようにして起こるのだろうか?
各販売会社が損得勘定した結果....と言われればグーの音も出ない。
しかし、「楽天市場」のように、一定金額以上の場合は送料を販売会社で持つケースはなるほどとも思う。
それに引き換え、「通信販売」のような送料が無料となる計算は、何か釈然としない。

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白内障手術って簡単?

白内障手術って簡単?

臆病者の俺は、2015/11/26に左目の硝子体手術を見送った。 見送って間もない頃は「近いうちに手術を受けなければマズイだろう」と思い、眼の手術先に迷っていたのだが、既に5ヶ月が経とうとしている。 出血して間もない時期のように“眼球内に血が沢山”という状態では無くなっているので、殊更に慌てて手術をしなければならないという切迫感が無い。また、可能な限り、やりたくないと思ってる。手術して眼だけは良くなっても、心...

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臆病者の俺は、2015/11/26に左目の硝子体手術を見送った。 
見送って間もない頃は「近いうちに手術を受けなければマズイだろう」と思い、眼の手術先に迷っていたのだが、既に5ヶ月が経とうとしている。 出血して間もない時期のように“眼球内に血が沢山”という状態では無くなっているので、殊更に慌てて手術をしなければならないという切迫感が無い。また、可能な限り、やりたくないと思ってる。
手術して眼だけは良くなっても、心臓でポックリとか、認知症になるとか...考えれば、無駄な工程かも。

硝子体手術はそれなりに大事(おおごと)と認識しているが、世の中的に“白内障の手術”は簡単と言われている。
しかし、それでも「怖がる人は怖がる」ということだ。 著書『後妻白書 幸せをさがす女たち』が話題のノンフィクション作家・工藤美代子氏もそんな一人のようで、氏の体験談記事を読んで「我が意を得たり」とニンマリする。
手術の上手な医師であるにこしたことは無いが、腕の良し悪しよりも、患者に与える安心感の方が大事だろう。
工藤氏は白内障用の眼内レンズとして単焦点を用いた様子だが、施術前に研究することがなかったようだ。
結果として眼鏡のお世話になっている模様也。

 俺も硝子体手術の要否はおいても、ソロソロ眼鏡の度数を変更しないとパソコン作業が辛くなってきた。

松田聖子氏は1962年3月10日生まれというが、眼鏡屋(眼鏡市場 = メガネトップ)の宣伝に出演している。
俺は現在の眼科医の世話になりだした4年前に5個作ったが、あの眼鏡屋は腕が悪いから聖子ちゃんの店にしよう。

五十代でおよそ半数が発症するという白内障は、万が一悪化しても、“日帰り”手術で“簡単”に“すぐ治る”──。そう気楽に考えている人も多いだろう。し
かし、手術後、いつまでも違和感が拭えずにいる人も実は少なくない。著書『後妻白書
幸せをさがす女たち』が話題のノンフィクション作家・工藤美代子さんもその一人。三月に両眼を手術したばかりの工藤さんが、自らの体験を綴った。(第一
回、全三回)


 * * *

◆視力が落ちてゴキブリのような黒い塊が視界を横切り始めた◆


 世間では「白内障の手術なんて簡単よ」と言う人が圧倒的に多い。私の知人で手術をした女性たちは異口同音に「あっという間に終わった。だって日帰りだし、別に痛くもないし」と口を揃える。ふむ、そんなものか。それなら眼科に行ってみようと決心したのが二月の末だった。


 実は『後妻白書』という連載を『女性セブン』に書いていた頃、毎週のように後妻さんに取材でお会いしていた。その中の一人だった桃子さんが、ある日、決然とした表情で断言した。


「これだけ医学が進歩したんですもの、人間は古くなった身体のパーツを取り替えて生きていけばいいのよ」


 なるほど、六十歳を過ぎてから二十歳も年上の人の後妻になった女性は言うことが違う。私にはまったくなかった発想だった。


「そうねえ、パーツのチェンジもいいけど、古いパーツのメンテも重要よ」と思慮深そうに意見を述べたのは、同席していた真由美さんだ。


 真由美さんは常識を代表するような人で、考えてみれば、お見合いで結婚した旦那さんともう四十五年も一緒に暮らしている。夫もしっかりメンテしているが、桃子さんは新しい夫を入手した。人生のパーツを取り替えたのと同じか。


 この時期、私は視力がどんどん落ちていた。日中でも薄暗く感じて眼が常にかすむ。さらに飛蚊症もひどくて、以前は文字通り蚊が何匹か飛ぶのが見えたが、
今はゴキブリのような黒い塊がしょっちゅう視界を横切る。あまり気分の良いものではない。誰に話しても「それは白内障でしょ」と言われ、手術を勧められ
た。


 そもそも白内障とは、加齢とともに眼の中の水晶体が白く濁り、視力が落ちる病気だ。昔は「白そこひ」と呼ばれて、外目にも瞳が白く濁っているのがわかる
老人がいた。今はあまり見掛けなくなったのは、さっさと手術をするからだろう。古くなって機能を果たさなくなった水晶体を超音波で砕いて、吸引する。その
後に折りたたんだレンズを挿入すると自然に開くらしい。


 私の生活はパソコンに向かって原稿やメールを書いたりする時間が長い。これ以上、パソコンの画面がまぶしくて、しかもかすんで、しょっちゅうゴキブリが通り過ぎるとなると、とても仕事にはならない。


 よし、白内障を退治してやるぞと、決意のほどを語ったら、知人が「ほんとに優しくて腕のいい先生がいる。術後の心配なんて何もない」と折り紙つきの著名なクリニックを知らせてくれたので、そこを訪ねた。

◆「手術はたった五分で終わる」との認識が広がっているけれど◆


 今になると少し軽率だったかと思う。私の期待と手術の結果との間には、ある種の「ズレ」が存在した。これまで使って慣れ親しんでいた自然のレンズを人工のものに取り換えるのだから、当然といえば当然だ。


 さらに人工のレンズが入ったために視力は当然のように異質のものとなる。見える見えないのレベルではなく、見え方が変わるのである。その変化に頭の中がついていけなくなり混乱、動揺、不安などを強く意識した。


 でも、そうした部分はあまり語られず、はなはだしい場合は「たった五分で終わる白内障手術」といった紹介のされ方をする。失敗のない手術が白内障だという認識が日本中に広くいきわたっている。


 私もそう思い込んでいた。何しろ『後妻白書』を書き終わったばかりである。女性が女性でいられる時間が近年になって飛躍的に延びた。六十代や七十代でも
恋をして再婚をする時代が到来している。そうなると桃子さんの言葉ではないが、身体のパーツを取り替えるのは、もはや常識だろう。


 ところが「落とし穴」があった。実際に手術を受けてみると、そんなに簡単なものではなかった。いったい何が問題だったのか。


 私は三月十八日に左、二十五日に右の眼の手術を受けた。クリニックは驚くほどモダンで最新の機械が装備されている。受付も若い美女が並んでいて、敬語で
の対応だ。手術に関する説明は、男性のスタッフが流れるような口調で明快に語ってくれる。さかんにうなずいている私は、すっかりすべてがわかったような気
分になった。


 これが曲者なのだ。だって、たった一回の説明で、すでに老化し始めている私の脳が、手術の手順からメリット、デメリット、その後の治療などを理解できる
はずがない。私が情報として消化したのは、手術そのものに要する時間は二十分か三十分くらいであるが、その前後も含めて二時間半ほど予定しておいて欲しい
ということ。


 入院する必要はない。術後は帰宅して安静にしていなければならないが、翌朝になったらまたクリニックで検診してもらい、眼帯が外れてもう眼は見える。すぐに視力は回復しないが、人によっては、その瞬間から良くなっていると実感する患者もいる。


 ざっと記すと、これくらいの情報しか私の頭には入らなかった。


 私は異常に緊張していたらしく、手術中は何度も「力を抜いて」と医師に声を掛けられた。どのくらいの時間がかかったかは知らない。だが、とにかく長く感
じられ、終わったときは意識が途切れそうなほど疲れていた。「あっという間に終わるってみんなが言ったのに」と腹立たしさを感じた。


 さらに、私の両眼は裸眼で〇・〇六の視力しかない。それで左眼に眼帯をつけて、眼鏡をかけられなかったら、何も見えない。手術室を出て、受付まで歩くのも怖かった。

(第二回に続く)


※女性セブン2016年5月5日号

◆患者の期待と現実の間にギャップが出来るのはなぜか


 次の手術までの一週間は悲惨だった。左眼は手術のお陰でどんどん見えるようになる。ところが右眼は相変わらず〇・〇六だから、なんともバランスが悪い。パソコンの画面もテレビも新聞も、すべて見えない。


 三年ほど前に亡くなった私の兄は幼い頃から全盲だった。初めて兄の気持ちがわかったような気がした。眼が不自由だと、こんなにもイライラするものか。いったい私の眼は普通に見えるようになるのだろうか。


 左眼の一週間後には右眼を手術した。翌日の検診では順調に両眼ともに回復していると診断された。実際、夫の顔が手術前と違ってはっきりと見え、思わず夫に「その顔のシミ、どうしたの?」と言ってしまったほどだ。が、時間が経つにつれ、どうにも腑に落ちなくなっていった。


 まず、眼がしょっちゅうゴロゴロしている。ときどきズキズキと痛む。ゴキブリほど大きくはないが蚊がまた飛び始めた。なぜか術後の方が、眼がしょぼしょぼして辛い。これまで見えていた近くのものが、ぼんやりとしか見えない。白い光の輪が浮かんだり、太陽が眩しい。


 えっ、いったいどうしたんだろう?と考え込んだ。友人たちは術後も特に問題はないと言っていた。でも待てよ。友人といったって、たった四人ほどに聞いただけだ。もしかして手術の失敗だってないとは限らない。


 不安で夜も眠れなくなった。眼は私にとって商売道具だ。このままの症状が続いたら、とても原稿は書けない。


 本来なら、手術を執刀してくれた医師に尋ねてみれば良いのだが、そのクリニックには患者が何か質問するのをためらわせるような雰囲気があった。医師は親
切だし、優秀だと思うが、何しろクリニックは大繁盛で、たくさんの患者が門前市をなしている。くどくどと医師に質問していては、他の患者の迷惑になる。と
いって、看護師や男性スタッフたちは、疑問点を尋ねると露骨に不快な表情をした。マニュアル通りの説明以外の返答は、避けようという姿勢なのが、はっきり
とわかる。


 それならば、気持ちよく疑問に答えてくれる眼科に行ってみたいと考え、思い出したのが旧知の堤篤子先生のことだった。

 練馬区で「つつみ眼科クリニック」を開業している優秀な女性だ。アポを取って訪ねたのは先週の水曜日だった。


 まずは眼のチェックを入念にしてもらった。


「きれいにレンズは入っています。表面に傷もないですね」


 そう言われただけで、ほっと肩の力が抜ける。眼底検査、視力の測定をし、モニターで手術後の眼を見せてもらった。


 堤先生によると「遠くが〇・六、七で、近くがぐっと見えると患者さまは思われるかもしれませんが、それはちょっと違います」。


 私が手術をする前にクリニックに頼んだのは、すごく遠くまで見えなくても良いので、スーパーで品物の値札が読めるくらいにして下さいということだった。


 だが、なかなかそうはうまくいかないらしい。老眼年齢の私は、値札が見えるようにまである程度見えるようにすると、遠くはずいぶん見えなくなる。おそらく〇・一から〇・二くらいしか見えないらしい。だから患者の期待と現実の間にギャップが出来る。


 私の場合もまさにそうだった。ずっと近眼だったので遠くは〇・一くらいしか見えないが、近くのものは裸眼でしっかり見える状態に慣れていた。ところが術後は眼鏡をかけなければ何も見えない。その変化に、まずはうろたえた。


 飛蚊症に関しては、白内障の手術をしたら、レンズが透明なものに代わったので、光が奥まで入るようになって、奥にあるゴミがよく見える。したがって蚊が飛ぶのはしょうがないことらしい。


 眼のゴロゴロ感は、やはり手術で切っているので感じるのは当然だし、しょぼしょぼするのはドライアイのためもあるという。


 たしかに、その後、両眼尻の端に細い紙をぶらさげて五分間じっと待つ検査(シルマーテスト)をしてもらったら、私の涙の量は普通の人よりずっと少なくて、まぎれもなくドライアイだった。


「今の時代はすごく眼が乾く環境にあるので、白内障手術を契機にドライアイがわかる方が多いです」


 私は多くの時間をパソコンと向き合っている。若い人ほどではないがスマホを見る時間も長い。ドライアイが、実はしょぼしょぼの原因だったかと、ようやく合点がいった。


 実際、堤先生の眼科でドライアイ用の目薬を出してもらって定期的に両眼にさしていたら、症状はずっと軽減した。なにより理由がわかったために安心して仕事を始められて、原稿を書く効率も上がった。


 つまりは、人間の身体の不調というのは、その原因がわからないときが最も不幸なのだろう。現状をきちんと把握して、治療方法を示してもらえたら、それだけで、もう半分以上の辛さは消えてしまう。


※女性セブン2016年5月5日号

◆大事なことは満足がいく度数をどういうふうに合わせるか


 ここではたと気づいたのは、やはり患者と医師のコミュニケーションの大切さだった。執刀はどんな感じなのか。所用時間は患者によって違うのだから、いち
がいに五分とか十分とかは言えないし、長くかかったから失敗ということもない。術後はどんなふうに変わるのか。個人差もあるだろうから、じっくりと、症状
を教えて欲しい。


 患者としての私はそう思うが、堤先生によると、あまりに複雑な説明をしても患者はすべてを憶えてはいない。どんな眼科でも、丁寧に説明はしているはずだが、後から不満を述べる患者が多い。


 私の場合は単焦点のレンズを入れた。これは保険が適用されて、三割負担だと片眼が四万五千円くらいだった。


 ところが、眼鏡に例えると遠近両用、つまり多焦点のレンズもある。こちらは自由診療になるので、両眼で七十万から百万円近くなる。老眼を経験したことのない若い人には多焦点の眼内レンズはお勧めだという。


 人間というのは面白いもので、高い支払いをしたら、当然、それだけの効果があると思い込んでしまう。しかし、現実はそう簡単ではなくて、多焦点のレンズ
が合わない人もいるそうだ。そのリスクを事前に説明しても、やはりクレームが生じ、入れ替える手術を受ける患者はいるらしい。


 おそらく私が手術をしてもらったクリニックでも、あらゆる想定をして何が起きる可能性があるかを説明してくれたのだろう。しかし、残念ながら私の頭にはまったくインプットされず、術後は不安ばかりが増大した。


 もともと近視の患者と遠視の患者とでは、同じ白内障手術を受けてもレンズの選び方には違いがある。遠視が強い場合は、白内障手術によって遠視をなくす
と、厚い眼鏡とはさようならできる。近視が強い場合は近視を全部なくしてしまうと、遠くは見えるのだが、近くが見えなくなってしまって困る患者もいるらし
い。


「手術の上手い下手も大事ですが、それよりも患者さまの満足がいく度数をどういうふうに合わせるかがポイントです」


 堤先生の言葉で、ようやく私は納得した。単焦点のレンズを入れたら、遠くは見えても、近くが老眼鏡の助けを借りなければまったく見えなくなるという現実をしっかりと認識しないまま手術を受けてしまった。それが自分の術後のさまざまなストレスの大きな原因だったのだ。

「若い人は運転をしたり遠くのものをはっきりと見なければいけないことが多いです。しかし歳を取ると遠くはほどほどでも身の回りがよく見えるように合わせ
た方がいいかたもいます。工藤さん、今はお食事のときにご飯の粒々があんまりはっきり見えないでしょう?」と言われてはっとした。


 近くが見えることの有難さを私は術後に初めて知ったわけだ。


 白内障は五十代で五割、六十代七十代になると、もう七、八割の人が発症するという。それだけに昔と違って早い時期に手術を受けて視力を取り戻そうとする人がこれからも増え続けるだろう。


 そして、視力の回復は認知症の老人にとっては良い意味での刺激となる。堤先生がこんな話をしてくれた。


 その患者さんはひどい認知症だったそうだ。手術について説明をした際も何も話さず、ボーッとしたまま。それが手術が終わり、出て来た途端に、見えるようになったせいか「あっ、きれいなクリニック」と笑みを浮かべたという。


 また、私のように長い年月眼鏡が手放せなかった者にとっては、裸眼での外出が可能になった。そう考えるとプラスの局面がきわめて多いのだが、術後の状態に上手く対応できない患者には、それなりのケアが必要だろう。


 何より安易な先入観は捨てるべきだと思った。五分で終わり、すぐに視力が回復する魔法の手術なんてこの世に存在しない。


 まずは腹を括って、両眼を手術するなら最低でも二週間は不自由な生活を送ることになる。その後も不快感が残ることがある。そうした覚悟を持って、信頼の
置ける医師に執刀してもらうのが最も大切だと痛感した。あくまで私感だが、どうも白内障の手術は安易に考えられ過ぎているようだ。


 医学の進歩により身体の各部位のメンテや交換の選択肢が増えたのは嬉しいことだ。後妻の桃子さんのみならず、女性の生き方が問い直される時代だからこ
そ、健康の意味が重要になる。しかしまあ、年寄りが医療に関する正しい情報を得るのは、まだまだ難しいと身を持って知った体験だった。


※女性セブン2016年5月5日号

災害時の安否確認手段

災害時の安否確認手段

災害時の安否確認手段が多い。 しかし、それらの手段を熟知し、有効に利用している人はどの程度なのか。関連する行政や企業が、それぞれにそれらしき方法を作り、宣伝しまくっている。無いよりはマシと言うべきか。WikiPediaの災害用伝言板を眺めるだけでうんざりする。それ以外にも、災害用伝言ダイヤルや災害用音声お届けサービスなんて~ものもあるから、常日頃から身内・友人等で利用するものを決めておくべきだろう。政府も...

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災害時の安否確認手段が多い。 しかし、それらの手段を熟知し、有効に利用している人はどの程度なのか。

関連する行政や企業が、それぞれにそれらしき方法を作り、宣伝しまくっている。無いよりはマシと言うべきか。
WikiPediaの災害用伝言板を眺めるだけでうんざりする。それ以外にも、災害用伝言ダイヤル災害用音声お届けサービスなんて~ものもあるから、常日頃から身内・友人等で利用するものを決めておくべきだろう。
政府も、マイナンバーカードなんかに無駄に金を掛けるのならば、その制度を利用した安否確認手段を講じて欲しいものだ。 徘徊老人や行方不明者の捜索にも転用できるシステムとして早期に構築して欲しいものだ。

何はともあれ、最近になって携帯各社が流している“自社携帯を利用した場合の安否確認手段”の広告から自分用を選ぼう。 あのような広告は有用なのだから、各社がバラバラに流さず、一定の時間に“国民に対する教宣”として報ずるべきではないだろうか。
熊本地震発生以来、またACジャパン公共広告を報じているが、暗いCMよりは、“安否確認手段”を流せば良い。
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おまえは綺麗だよ

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今日は新幹線で妻が出かけた。先日の続きで、当地石川県から神奈川県の歯医者で治療を受けるためだ。出かけるに際し、コンビニで写真を撮ってきた。マイナンバーカードを作るための写真だ。マイナンバーは昨年告知があり、いつでもカードの申し込みをすることができた。妻自身も将来的に独り身になった時を考えたのだろうか、進んでカードを作る意志を示していた。しかし、何故か必要な写真を撮りに行こうとしなかった。怪訝には思...

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今日は新幹線で妻が出かけた
先日の続きで、当地石川県から神奈川県の歯医者で治療を受けるためだ。


出かけるに際し、コンビニで写真を撮ってきた。
マイナンバーカードを作るための写真だ。
マイナンバーは昨年告知があり、いつでもカードの申し込みをすることができた。
妻自身も将来的に独り身になった時を考えたのだろうか、進んでカードを作る意志を示していた。

しかし、何故か必要な写真を撮りに行こうとしなかった。
怪訝には思うものの、急き立てることもせずにいたら、旅立ちという前日の昨夜、コンビニに写真を撮りに出かけた。
腰痛のため、徒歩5分程のコンビニにも出かけることが少ない妻であったが、同行の申し出を辞退して、一人で出かけた。
上京にあたり美容院に行ったばかりでなく、写真を撮るために薄化粧をしたことを俺は知っていた。
コンビニの店員に手伝ってもらって撮ったと言って見せられた写真には、見たこともないような老婆が写っていた。

ひどい写りであると言う俺に、妻は「10年後にはこんな顔になるのだから良い」と言う。
それはそうかとも思うものの「こんな写真をマイナンバーカードに貼られても、俺の妻だ」とは言いがたいほど他人に見える。撮り直しを薦めたが、結局はその写真で良いということで落ち着いた。
もともと妻は、結構開き直ることがある性格だから、写真の写りなんそは気にしなかったのかも知れない。
しかし、薄化粧までしてでかけたことから推察すれば、あながち“気にしていない”とばかりも思えない。

若いころの妻は、俺の友人からも褒められるほどの美人であった。殆ど化粧はしなかったが、それでも美人だった。
カメラを向けても殊更気にかけることはなさそうにして撮られていた。
しかし、古稀の声を聞く頃から、カメラを向けられることを避けているような風情が見受けられた。
撮影する俺にとっても、“美しかった妻”が婆さんに変わっていく時間が見えていた。 だから、カメラを向けないようにしていた。
俺の母も、カメラを向けられる事を嫌がっていた。若い頃にはそんなことは無かったようだが、現在の妻くらいの年回りになってからは写真を撮られることは極端に嫌がっていた。
若くて美しさに自信がある頃には写真を撮られることには抵抗が無く、そうでなくなると嫌がるということだろうか。

マイナンバーカードに写真を貼るという想定外の必要性が起こらなければ、気が付かなかったことだった。
久しぶりに妻の顔写真を撮ったこと。そして、その写真に写る顔は、いつも見慣れたものではなかったこと。
自分の顔写真に対する妻の気持ち。 そして、それを見た俺の気持ち。 改めて気がつくことがあった。

妻が出かけ、俺はひとりで昼食の支度に取り掛かる。 なにか知らないが、とてもさびしい。

写真に写る妻の顔は、一つの現実だ。 その現実は、生身の顔が“生きて、笑い、話す”ものとは違う。
この度の写真以外に、写真屋さんに出向いて撮り直しておこうと強く強く思っている。
あんな顔写真じゃ、閻魔様の前に座っても他人と思われて良い裁きをしてもらえまい。

笑顔で「あの写真で良い」と、妻は言って出かけた。 俺は午後にマイナンバーカード発行申請書を投函する。
投函してしまえば、それで作られる。あんな写真をこれから先は身分証明書代わりに所持する彼女を不憫に思う。
なぜか泣きたい気分だ。 タバコでも吸えば気分転換になるのだろうか。 俺が死んだ後も、達者で生きてくれ。

子供がおらず、二人だけの我が家では、口を動かすことが少なく表情に乏しいのだろうか。
話さなくとも阿吽の呼吸で相手の考えが読めるから、話すことが少なくなってしまう。
会話する機会が少ない事と、表情の乏しい事、そして老け顔の写真...は関連があるに違いない。

女将は庭いじり(屋外)、俺はパソコン(室内)と、互いの趣味の場が違うことから会話の場が少なかった。
俺が間質性肺炎になって禁煙生活になる前は食事の際に、(俺の糖尿病を気遣って少々ながら)発泡酒を飲みながらタバコを吸いながらのお話時間も少なくなった。
むしろ、喫煙する女将と、禁煙の俺とは、過す部屋が別々になり、会話の時間が減ってしまった。

そんな状態で生きているより、酒も煙草も思う存分に味わって、太く短い人生も悪くはないと改めて考えたりもする。
そんな事を考えるよりは、会話の機会を増やして、喜怒哀楽の表情を増やすことを考えよう

何故か不憫に思う女将だが、可哀想に思わないから自分で強く生きて欲しい。  過去記事:悲しい日々が続くの?

歯医者選びは

歯医者選びは

過日(04/19)には、04/06に顔合わせに行き気に入ったので、野々市市に転居して以来通ってきた歯医者を変えた。2016/04/12に続いて、2回目の治療となる通院。である。これまでの歯医者は町医者であったが、それにしては大勢のスタッフが治療にあたっていた。とはいうものの、歯科医師は“医院長と称する者が一人”だけで、当初の診療方針を決めれば後は歯科技工士/歯科衛生士/歯科助手のスタッフがそれぞれの持ち分に応じて診療にあ...

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過日(04/19)には、04/06に顔合わせに行き気に入ったので、野々市市に転居して以来通ってきた歯医者を変えた。
2016/04/12に続いて、2回目の治療となる通院。である。

これまでの歯医者は町医者であったが、それにしては大勢のスタッフが治療にあたっていた。
とはいうものの、歯科医師は“医院長と称する者が一人”だけで、当初の診療方針を決めれば後は歯科技工士歯科衛生士歯科助手のスタッフがそれぞれの持ち分に応じて診療にあたる体制であった。
したがって、スタッフの持ち分を超えた領域になると、再度歯科医師がお出ましするという煩雑さであった。
患者としては、スタッフと歯科医師に対して2度に渡って自分の希望や症状を申告しなければならないのだ。
医者
その点、転院した歯医者はこぢんまりとしており、歯科医師+スタッフが2~3名程度である。
したがって、すべての診療に歯科医師が携わることになり、患者としては1度の申告で済むためとても楽だ。

何よりも、年配と見受ける歯科医師はコミュニケーション・リスクが低く、患者の意見を聴いてくれるので、患者としてはとても満足できて安心した診療をうけることができる。
総入れ歯の技工も歯科医師が行っているが、巧みである。 糖尿病が良ければ、焼き鳥程度はいけそうだ
関連過去記事:医療機関のスタッフ体制

  医者は、患者の悩みを聞き遂げる姿勢が無ければいかんのじゃ~ないのかね 




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ブログアクセス不具合

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また、「FC2ブログとlivedoorブログにアクセスできなくなる状態」が断続的に発生している。(04/23 12:30頃~前回気付いたのは2016/04/12の夕方から、04/13の夕方にかけてだった。自分が管理しているブログでは、ブラウザのキャッシュが生きているので表示できる。しかし、余所様が管理しているブログは、キャッシュが生きていない場合が多く表示されない状態が多い。前回(04/12-13)には俺のパソコンの不具合解消工事をしている最中...

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また、「FC2ブログlivedoorブログにアクセスできなくなる状態」が断続的に発生している。(04/23 12:30頃~
前回気付いたのは2016/04/12の夕方から、04/13の夕方にかけてだった。

自分が管理しているブログでは、ブラウザのキャッシュが生きているので表示できる。
しかし、余所様が管理しているブログは、キャッシュが生きていない場合が多く表示されない状態が多い。
前回(04/12-13)には俺のパソコンの不具合解消工事をしている最中だったので、「アレ??」状態であった。
今このブログにアクセスできて、この記事を読める人はラッキーと言うべきか 

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【追記】2016/04/24 夕刻。本件解消