無無無庵2

(むさんあん)、思考が無く.躰が無く.心が無く

トキメキ団塊親父のセカンド・ステージ.退職爺のボケ封じ

馬脚が露呈した防災避難

2024年1月1日に起こった能登半島の大地震から2ヶ月が経とうとしている。半世紀近く以前には、台風来襲とか大水が出るとかで「避難」するは、大ごとだった。大概の場合は避難せず、自宅とか近所同士でかばい合うことで何とかしていた。もちろん被害もあり死者もあった。災害が去った後かたずけは近所主体で、足りないところは自衛隊と行政が手助けしていた。いつの頃からだろうか、それでは宜しくないということになったのだろうか...

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2024年1月1日に起こった能登半島の大地震から2ヶ月が経とうとしている。

半世紀近く以前には、台風来襲とか大水が出るとかで「避難」するは、大ごとだった。
大概の場合は避難せず、自宅とか近所同士でかばい合うことで何とかしていた。もちろん被害もあり死者もあった。災害が去った後かたずけは近所主体で、足りないところは自衛隊と行政が手助けしていた。いつの頃からだろうか、それでは宜しくないということになったのだろうか..「避難所」なる所ができた..その頃は「身体だけで避難」すれば良かった、そして今は..という歴史があった。

避難所と言うけれど

  1. 「避難所」の無かった時代..安全そうな知人宅とか本家とかに逃げ込む
  2. 町内会館や集合所・寺院などを「避難所」と呼んだ時代..安全か否かは不明也
  3. 学校の体育館などを「避難所」と呼んだ時代..危険だったとしても他には無い
    ※.私設避難所だって公設避難所と同等に危険で安全なのだが、何故かママっ子扱い
  • 避難所は、被災地域と同じ行政地域内に設置するものらしい。
  • 行政より「避難所開設」が宣言された後に、避難所施設の開錠を行うものらしい。
  • 体育館には毛布程度しか用意されておらず、1-2泊程度の滞在しか想定してない。
  • とどのつまり、地震国であり、急傾斜の山岳を背負った日本列島に安全な場所は無い。
津波警報出たのに…避難場所の鍵保管庫開かず、一部住民が避難できず:朝日新聞デジタル(24/02/10)
能登半島地震が発生した際、兵庫県豊岡市の一部の津波避難場所で建物に入る鍵の保管庫が開かず、住民が避難できないケースがあった。鍵保管庫は震度5以上で自動的に解錠される仕組み。豊岡市の震度は4だった。市は震度4でも解錠されるように変更を検討する
 

避難に先立つ住民の準備

  1. 身体だけで逃げ込めば良、避難所側に物資を備蓄して(思って)いた時代
  2. 避難所側で物資を備蓄しているとのアナウンスが行政から行われた時代
  3. 日頃より、自分の必要な物資を準備することを行政から求められる時代
  • 自分の必要な避難物資を準備しても、避難時のバタバタにそれを持って避難できるはずが無い。よって、どのタイミングで準備した避難物資を自宅に取りに行くのか等の想定が不明確。

仮設住宅に入居できる迄には(日本の行政用語では「応急仮設住宅」という)


イラスト

石川県の地域行政は、日本国の国家公務員並みに怠惰である。
彼らの仕事というものは、「失敗した場合の言い訳」を考えることに始まると見る。さすがに「やってやろう」という頭ごなしの姿勢は無いが、「サービスします」という姿勢ではない。特に、災害に対処するための姿勢というものは明治時代とも言える。
当地野々市市での避難は町内単位で行われ、町内会の者は一旦は所属する町内会館に集合する定めである。その後、町内会館から最寄りの校区の体育館に移動することになっている。
野々市市にしてみれば、町内会館で点呼をとった上で体育館に集合させる事で、点呼のチェックが簡単になるのだろう。しかし、我が家の場合、町内単位で避難すれば「最寄りの校区の体育館は遠い」。近場の体育館に避難する方が手っ取り早い。また、最寄りの校区の体育館に行くためには、途中で渡る橋が増える。

しかし、行政はそのような細かな事を考えることはないようで、中央政権の定めに従って「避難所と称する物を作り」さえすれば任務達成ということのようだ。
体育館の板の間にごろ寝する場所を避難所と呼ぶことは止めてくれ。
過去記事:これで良いのか、避難所 / 災害ボランティア.考 / 南の島にシェルターが / 防空壕と日本人

石川県知事様は、かく語れりとのことだ。

馳知事 ”支援物資は現地の事業者からも調達へ“|NHK 石川県のニュース(02/26)
石川県によりますと、能登半島地震の被災者に向けた物資は、これまでに食料や生活用品を中心に1300万点あまりが供給されています。
物資の多くは国が調達していて、金沢市にある県の拠点を通じて被災地に輸送され、避難所などに届けられています。これについて馳知事は26日の記者会見で、自治体から求められる物資の量が次第に減少するなか、被災地では小売店などが徐々に営業を再開していると説明したうえで「地域経済のためにも物資の支援と事業者の再建との両立を図っていく必要があり、できる範囲で現地で調達をしていけるよう調整を進めていく」と述べました。

 
要するに、「いつまでも支援物資を頼らずに、買え」ということだな。
ビニールハウス避難所には支援物資の配送を止めるとか。取りに来いとな。
注文の多い石川県の行政と被災者に、ボランティアも呆れ果てたのかも知れない。

輪島市の緊急公費解体1番乗りは、市長宅側に傾いた隣家。これで良いのか😡
市長様は、大事な我が家を赤紙を張られた隣家に押し潰れたくなかったんだね~

「早い者順」の緊急公費解体 輪島市副市長宅側に傾いた隣家は市内で最も早い時期だった :東京新聞 TOKYO Web
能登半島地震で被災した石川県輪島市で、中山由紀夫副市長(64)の自宅側に傾いた隣家の緊急公費解体が、市内で最も早い時期に実施されていたことが分かった。
 
こういうのはインサイダー取引って言わないのかね。職権乱用の悪事だと見る。

避難所とは..なんて、理想論の議論は止すが、他国の支援をする前に国内問題を。
避難所なのか、集合場所なのか。それとも収容所なのだろうか。
過去記事:軍備どころではない日本 / 災害ボランティア.考 / これで良いのか、避難所 / 地震の多い能登地方 / 01/01.能登地方で震度7