無無無庵2

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トキメキ団塊親父のセカンド・ステージ - 退職爺のボケ封じ

お気兼ねなく:考

当地のテレビCMや、町内の古紙回収業者にど等は、「お気兼ねなく」とか、「気安く」とか、を使う。あれは、どのようなつもりの日本語なのだろうか。
関西圏では「させていただく症候群」が多く、最近では国会答弁でも「させていただく」が流行っているようだ。「させていただく」については巷の解説が出回っている。
あれと同等に慇懃無礼と言うか、敬語のつもりが「お気兼ねなく」・「気安く」・「お気軽に」である。むしろ「上から目線」の言い方であるにも関わらず、言う当人は気が付いていない。少なくとも、下位の者が上位に「お気兼ねなく」と言えば無礼である。
「気兼ねなく」とは、「自分の方が上位であるが、下位の者がする事を許す」という事である。自分は、本来であれば気兼ね(遠慮・気を遣う)してもらう程の立場であるが気にするなと言っているのだ。
「気兼ねなく」に「お」を付けて丁寧語とし更にに尊敬語「~なさって」付け足すことで、尊敬語としての意味をもたせることはできるとする解説も見受けるが...遊びに来た者に『自分の家だと思って気兼ねなく過ごしてください』という使いかたならば...

同様にバイト敬語のような、当人は敬語のつもりで使っているらしい日本語が増えてきた。その反動なのか(?)、フワちゃんというタメ口的な話し方をするタレントが受けているらしい。どちらが好ましいのはかは人それぞれとしても、敬語を用いるとかタメ口で話すとかは、互いの立ち位置を知った上でこそ成立することである。
見ず知らずの人に対して、無意味な敬語を用いる事はむしろ失礼であると心得たい。
敬語を用いれば上手に世渡りできるというものではない。
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最終更新日 : 2021-02-27

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